目次
そこで今回は、FAQ運用で重要視されるナレッジマネジメントの国際標準フレームワーク「KCS」について解説します。
KCSで重要な4つの前提認識
KCSに取り組むうえで、理解すべき4つの前提認識があります。KCSについて語る前に、まずはこれら前提認識について説明していきます。
(1) ナレッジの棚卸しはしてはいけない
と私も思っていましたし、実際にセンターで実行していました。
しかし、見直しには多大な労力と時間がかかり、アップデートしたときにはもう鮮度が落ちているなどして、なかなか利用されないのが現実です。
そんなとき、米国でKCSのトレーニングを受講し、「ナレッジの棚卸しは時間と労力の無駄ですべきではない」と教わりました。なぜかというと、顧客対応のナレッジは、いわば顧客からの要求に応えるソリューションであり、顧客の状況が変化する中では、ソリューションにも常に変化が求められ、結果として完成形はないため見直しても無駄、ということです。
(2) ナレッジは“知識の倉庫”ではない
と私は思っていましたし、同様に認識されている方々は多いのではないでしょうか?
しかしながら、コールセンターでの顧客対応の過程でナレッジがうまく利用されないのは、顧客の問い合わせる内容や表現が、専門家が記載したナレッジ記述との間に使用言語のギャップがあり、検索してもヒットしないことが原因として考えられます。また、この従来のナレッジには製品やサービスについて企業が持っている知識が記載されていますが、サポートスタッフの経験値や顧客の問い合わせ時の状況は含まれていないので、ソリューションとしては利用価値が低いこともあります。
(3) ナレッジは知っていることの確認に利用されている
という考え方は正しいでしょうか?
顧客から問い合わせを受けて、まずスタッフが自身の経験や知識で対応をしますが、人は瞬間的に浮かぶ知恵やソリューションは、本来知っていることの20%程度しかありません(HDI調べ)。そこでナレッジを検索すると、「こんな方法もあった」「この処理はさらに有効だ」と気づくことができるため利用されているのではないでしょうか。
つまり、ナレッジは「知らないことを知るために利用する」ということ以上に、知っていることの詳細等を確認するために利用されているのです。したがって、問い合わせ対応時に、対応策がすぐに頭に浮かんでも、もっと良い方法があるのではと必ずナレッジを検索することが求められます。
(4) 同じ問い合わせでも対応策は異なる
ナレッジコンテンツには、この問い合わせにはこの解決策をと、1対1で紐づけがちです。
しかし、顧客が問題に直面して問い合わせをするときには、その問題発生の状況や環境は様々です。したがって、顧客に提供する対応策やソリューションも顧客の状況に合わせて異なってくるわけです。
ソリューションナレッジには顧客の状況を含めて記載し、顧客に合った有効な対応策が提供できるよう、同じ問い合わせでも複数の解決策がある1対Nの考え方で作成しなければなりません。
また、顧客は現状の問題の回避策や対応策がほしいのであって、その問題が発生した根本原因の問題解決策がほしいわけではないことが非常に多いので、根本原因解決策を記載しようと時間をかけて調べることは効果的ではありません。
KCS(ナレッジセンターサービス)とは
KCSは、ナレッジがうまく活用できないと悩む多くのIT企業などが、多額の投資をして米国のNPO団体「サービスイノベーションコンソーシアム」が10年を要して実証実験を繰り返し完成した、企業の主要な資産であるナレッジに注目した一連の実践プロセスと方法論です。
従来の知識データベースがなぜサポートセンターで機能しないのか、それはソリューションデータベースになっていなかったからです。専門家や開発者が作成する知識データベースは、いわばマニュアルや規定書のようなもので、正しいことを普遍的に記載します。一方顧客対応で利用するサポートセンターのソリューションデータベースは、刻々と変化する状況に合わせてその時点の最善の策を提供するもので、完成形はなく常に変化を続けるものです。
KCSは、このソリューションデータベースの利用方法、管理方法、価値、導入の方法、利用者の教育、ツールの必要条件、プロセス統合の要件などを取りまとめたものです。
サポートセンターは重複業務の繰り返し
サポートセンターは重複業務の繰り返しとなっています。
② そこでスタッフはマニュアルを見たり、文献を探したり、他のスタッフに聞いたり、またインターネットを調べたりして、何らかのソリューションを発見します。
③ そして顧客と話しながら、顧客の状況に対応できるかを顧客とともに確認しながら、解決できるか進め、そしてうまくいったとき顧客対応を終了することができます。
④ そしてこのスタッフは対応を記録に残し次の問い合わせに進みます。
この初めての問い合わせと同様な内容のものは、次々に入ってくるようになります。その都度各スタッフは対応を開始しますが、最初に受けたスタッフと同様でナレッジの記録がないために、調査や検討にまた時間をかけてしまうのです。
ナレッジが記録され整理されていない場合、各スタッフは同じフローを何度も繰り返すことになってしまっています。
【従来型では】 ナレッジの投資対効果が低い
同様な問い合わせを受けているスタッフはナレッジ記述を発見できないので、ナレッジ担当者にコンテンツを作成するように頼みます。ナレッジ担当者はこの問い合わせを分析し、正しい対応策を発見して、検証作業をし、そしてナレッジコンテンツに追加します。
しかし、一般的に同様な問い合わせは、最初に届いた時から次第に数が増え、ピークを迎えると次第に減少し、数週間~数カ月でほぼ沈静する傾向を示します。問い合わせ数が多くなるとナレッジ担当者もその検証に時間がかかります。そしてようやくナレッジをアップできたとき、問い合わせは沈静に向かっていることが多いのです。
ナレッジ担当者が問い合わせを分析し検証してナレッジコンテンツを作成するまでが投資となります。そしてナレッジが利用されることが効果です。つまり、コンテンツアップの遅い従来の方法では投資対効果は低いのです。
【KCSでは】 サポートスタッフがナレッジ担当者
投資対効果の高いナレッジ活用を行うために、KCSでは問い合わせを受けたスタッフは、まずナレッジを検索します。そしてナレッジになければ解決策を作成して直ちにナレッジコンテンツとして登録します。したがって、同じ問い合わせ2回目以降は必ずナレッジが存在することになります。
そのナレッジを見て次のスタッフは対応しますが、ナレッジを鵜呑みにするのではなく、活用できるかを考えます。もし何らかの修正点を発見したら、直ちに修正を加えます。
こうした作業を繰り返していくと、まずセンター内の重複作業がなくなります。そしてナレッジは利用と共に改善され品質が高まっていきます。あるレベル(例えば5回見直し後など)に達したコンテンツは、FAQで顧客に向けた公開コンテンツの候補としても良いでしょう。
KCSによる生産性向上
KCSの手法はナレッジの投資対効果が非常に高いものになります。サービスイノベーションコンソーシアムの調査ではサポートセンターの作業の6~8割は従来型ナレッジに端を発する重複作業の繰り返しといわれています。つまり、60~80%の作業工数を削減できるため、検索作業が増えたとしても、圧倒的な生産性改善を見込みことができるのです。
KCSの大きなメリット:スタッフのモチベーション向上
KCSでは、右記画像で示すように、顧客、ナレッジ従事者、組織とそれぞれにメリットをもたらすことが可能です。ただ中でも大きなメリットといえるのが、スタッフのモチベーション向上です。
従来型ナレッジの運用では、センタースタッフは重複作業の繰り返し、つまり日々同様な作業の繰り返しとなります。一方KCSでは、すべてのスタッフがナレッジ従事者として、クリエイティブな作業を進めることができます。また、ナレッジの追加・修正の権限も委譲され、頻繁に学習と自己研鑽の機会が得られ、他スタッフの学びにも触発されることで高いチームワークと共に、従来の電話対応業務とは比較にならない高いモチベーションを維持しやすくなるのです。
加えて、KCSではナレッジを作成する、修正するなど、ナレッジに貢献した人を報奨・表彰の対象としているセンターが多いですが、これも大きなモチベーション要因となっています。
KCSライセンスモデルの導入
KCSの考え方は、常にナレッジを検索し、顧客向けの対応策がない場合には、それを発見作成した人がナレッジコンテンツを作成し、また修正が必要と感じた人が直ちに修正をする、というジャストインタイムの考え方で、「問い合わせが来るかもしれないので先に準備しておく」というジャストインケースの考え方ではありません。
しかし、ナレッジコンテンツを記述するには、他の人にもわかりやすく作成するため、コンテンツスタンダードを作成し、これに準拠して推進します。したがって、このコンテンツスタンダードを習熟できるまでは、コンテンツの記載や修正はできません。このレベルの人を“KCS候補者”と呼びます。
KCS候補者は、問い合わせ内容のみの記述や、修正が必要と考えられるコンテンツにフラグを立てることができます。そしてコンテンツスタンダードに習熟し、KCSコーチの指導の下にコンテンツのモニタリングに基づく指導を受けた後に、作成、修正の権限を持ちます。このレベルの人を“KCS寄稿者”と呼び、一人前となります。さらに習熟度が上がると、センター外への公開権をもつ“KCS公開者”となります。
そしてこれらの人々を指導するKCSコーチ、ナレッジの品質を監視するナレッジドメインエキスパート(KDE)を含めて、KCSライセンスモデルを導入します。
なおFAQとして公開するには、センタースタッフだけでコンテンツを作成しているので心配があると考えるかもしれません。その場合には公開前に技術面についてはテクニカルチェック、ポリシー面ではコンプライアンスチェックを、それなりの部門に依頼すれば問題は解決できます。
まとめ:新技術もナレッジがあって活きるもの
近年ではAIやチャットボットの活用が一般化していますが、これらの新技術もベースにはしっかりとしたナレッジがビッグデータとして存在していなければ能力を発揮できません。
日本では採用難や定着率の問題から、人に変わってAIチャットボットを検討しているケースが多いようですが、そうした理由は主にサポート提供側のものであって顧客の求めるものではありません。
海外でのAI活用は、主にサポートアナリストを支援し、顧客により早くより求められる情報を的確に提供し、顧客とのロイヤリティや満足度を高める目的に使われています。
“人に代わる”ではなく“人のための新技術”として活用していきたいものです。
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